●ヒンドゥー教の聖地 バラナシ

●寝台列車
アグラから、寝台電車で8時間くらいかけて、バラナシまで移動した。
グレードは3段のエアコン寝台車。いわゆる一番高いやつ。エアコンは、前評判通り、寒いくらいだった。
一番上の段が、足をはみ出させられて楽チンだった。2段目、1段目は、2段目のシートを出さずに座っているといつまでも眠れないので、グループで席が選べて眠い時には速やかに上の段を確保するのが賢明。





最初、移動時間を知らずに乗ったので、長時間の移動の心づもりがなくて、えらい暇、だった。
ラージは同乗者と楽しそうに話し込んでいる。
日本人が珍しいらしく、周りの乗客はしきりにこちらを気にしている。
と、お客の一人がラージになんか言っている。うちの女の子たちと握手したい。それと、ケータイで写真を撮らせてくれ、ってことだった。ラージは面白がって、僕までその人(男)との2ショットを撮られた。しかもムービーで。ポーズを撮ってムービーで撮るのがインド的流行なのか? 

帰りの電車では、向かいにあごひげとお腹が立派でターバン巻いたイスラムの人と、エリートビジネスマンぽい人が向かいに座った。
イスラムの人が横幅が広いので、3人がけだが2人しか座れない。このイスラムのおじさんのあごひげがあまりにリッパなので、家内はさわらせてくれと頼んで、無遠慮にいじくり回したらしい。(そのとき私は爆睡中。) おじさんは喜んでいたと言っていたが、さて真偽は?

●バラナシのシルク
バラナシでの第1目的は、インドシルクを使ったサリーとパンジャビのオーダー。
夜7時頃に駅に到着したのだが、その足でサリー屋へ。この店はシルクの問屋直売所みたいなところで、有名なバラナシシルクの反物が壁一面に積み上げられていて、「買わなくてもいいから目の保養に」と言って、まず、むちゃくちゃ高価なシルクを次々広げて見せてくれた。確かに色、つや、柄、どれを取っても非の打ち所がない。素人目にもすてき。絢爛豪華、という言葉がぴったりくる。たとえば鮮やかな青に金糸の細かい刺繍の入った物など、上は40万円くらいのものまで出してきた。私らは、遠慮なく目の保養をさせてもらって、こちらの予算なりの物を次に出してもらった。うちの予算は1枚1〜2万円でパンジャビドレスを作ることにした。柄が多くて迷うので、まず10枚くらいの中から絞り込んで、その後勝ち抜き戦でさらに絞り込んだ。で、勝ち残った3枚から、1枚をパンジャビ、1枚をサリーにして、注文した。嫁さんすこぶる上機嫌。
 翌日昼にちょっと工場見学して、サリーができていれば受け取ろうということでもう一回店に行ったら、「少し待ってくれ、待っている間にスカーフを見ないか」ということで、次々見せられて、結局物がいいのでついつい買ってしまった。物はとても気にいったし、日本で買うよりは安いのも間違いないが、それにしてもインド人の商魂には負けた。

 工場見学では、ちいさなちいさな町工場が集まって分業してシルクを作っていた。

▼ シルク柄をドット絵のようにして、そのパターンに合わせて木の板に丸い穴を開けていた。この板をつなぎ合わせて、この穴に沿ってシルクが折られていく。言ってみればこれが絵柄のプログラムパンチカード。それを手作業で作っていた。




これで作られた板を織機に取り付けて、柄を紡ぎあげていく。




▼ この村の子供たちが遊んでいた。皆、こぎれいな服と靴を履いていて身なりがしっかりしていたので、この人たちは豊かなのであろう。自前で一貫生産して、自前で海外に輸出しているので外貨を直接稼ぐことができるので、インドの地場産業の中でも裕福な方のだと思う。私たちがサリーを買った店も、確かシンガポールに支店を持っていて直接輸出していると言っていた。
この広場の周辺の建物は全部シルク関係の工場。



● ガンジス川の沐浴をボートから見物。



 川岸から川の中まで階段になっている。(ガート) 
 この辺はもともと別荘とかお城とかで、建物は立派だが、今はホテルなどに変わっている。
 ガートに多数の巡礼者が並んで立っているのが見える。彼らは順番に川に入って、ガンジス川の水を器に汲んで、その水を自分の庭にまいて厄払いをする。





バラナシの通り。犬が寝ている。





カメラ目線の男2人組。
インドでは結婚するまではアベックで歩くのは未だに御法度で、その分男が手をつないで歩いていたりする。別にホモではないらしい。単に仲良しなだけ。






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