●ダニ媒介性脳炎(TBE)-EU
情報源:Eurosurveillance Weekly, Vol. 8 / Issue 26、6月24日。
 <http://www.eurosurveillance.org/ew/2004/040624.asp>
◎チェコ共和国:
 チェコ共和国の人口は約1000万人である。2003年には、TBEの発生率は人口10万人当たり5.9人である。発生率は、プラハ(Prague)南部のCeske Budejovice市付近で高い。同国西部のピルゼン(Pilsen)市近郊は常時高い発生率が続いている。最近、ボヘミア州北部でTBEの局在発生が見つかっている。同国西部では、オロモーツ市周辺で発生率が高い。TBEの患者は4月から11月に報告される。
 1970年以来、TBE発生率は2度変化した。1980年代に、発生率は約30%減少したが、1993年にそれまでの倍増し、1980年以前のレベルと比較すると50%増になった。(図)
 TBEの感染リスクは、合衆国とオーストリアから報告されている。前者はコソボのハイリスクエリアで演習を行った米軍部隊の感染リスクを評価したもので、TBEウイルス感染率は、1000人・月の暴露あたり0.9人であった。また、後者はオーストリア南部の高度汚染地域(Steiermark/Styria)にワクチンを接種せずに4週間滞在した旅行者の評価で、TBE感染リスクは1万人・月あたり1人であった。

◎ラトビア:
 ラトビアでは1955年以後TBEが届出伝染病に指定されている。1993年に年間発生率は過去20年間の平均レベル(人口10万人対約8名)よりも4倍近くに増加し、1994年と1995年には人口10万対患者53名と最高に達した。1999年以後発生率は明らかに低下し、2002年には6.5名に低下したが、2003年には人口10万対15.7名に再度増加した。過去10年間以上にわたりTBE患者の約60%が髄膜炎を発症、約30%が発熱のみで、約10%がより重症な臨床経過である髄膜脳炎を発症した。
 ラトビアにはリシナス・マダニ_Ixodes ricinus_とシュルツェ・マダニ_Ixodes persulcatus_の2種類のマダニが生息する。リシナス・マダニ_I. ricinus_は2峰性の季節的活動性ピークを示し、ラトビア西部と中央部に生息する。シュルツェ・マダニ_I. persulcatus_は春にのみ活動性のピークを示し、主にラトビア東部では優勢となっている。監視データによれば、マダニ個体数は1994年以降増加し、リシナス・マダニ_I. ricinus_の活動性のピークは、1998年と2000年に記録されたが、これは疫学パターンとは正確には合致していない。
 野外で採集されたマダニにおけるTBEウイルス(TBEV)保有率は1995年(28.4%)、1996年(10.8%)、2002年(9.2%)の順で高かった。これら3つの年度とは別に、1973年以後の全観察期間に野外で採集された、マダニにおける平均年度別TBEV保有率は約3%である。住民によりワクチン接種所(vaccination service)に持ち込まれたヒトの血液を多量に吸血したマダニの検査は1998年以後開始されている。これらのマダニおけるTBEV保有率はさらに高く、約30%であることが知られている。ドイツとスウェーデンのウイルス学者らとの共同研究で、マダニや患者血清検体から分離されたTBEVタイピングの結果、これらのウイルスには極東型亜型株と西部ヨーロッパ亜型株の双方が混在し、これまでに記載されたVasilchenko株、Neudoerfl株、Sofyn株と遺伝子相同性が高いことが判明した。

◎ リトアニア:
 2003年には、リトアニアでのダニ媒介性脳炎(TBE)の流行状況は極めて異常であった。発生率(患者763名、人口10万対22名)は、過去10年間の平均発症率の2倍であり、1960年代末に届け出が開始されて以来に記録された、最悪の年間発生率となった。この発生率はまた、2003年の全バルト諸国中の最高値でもあった。TBEによる死亡患者4名が報告された。TBEは通常マダニ刺咬により伝播されるが、2003年には、患者22名(4件の集団発生事例)は、良く知られた別の感染伝播経路である、未殺菌ヤギミルク飲用により、罹患した。
 1993年以来、リトアニアでのTBE発生率は突然、人口10対5名以上へと増加したが、これは、それ以前の20年間に比べ10倍の増加であった。昨年の劇的な増加の前に、98年以降に一時1993年レベル近くまでの低下が認められたものの、1997年/98年にはさらに3倍の増加が発生した。2003年の高い発生率については、この特別な年にダニの個体数増加があったことで説明できるかもしれない。
 TBEは、おそらくダニ活動性とヒトが森林地区を訪れることの季節性変動が主な原因と考えられるが、厳密な季節性変動が認められる。2003年には、大部分のTBE患者は、例年通り、9月および10月中に記録された。全届け出患者の約80%に相当する、TBE発生率の最高値は毎年、リトアニアの北部および中央部で、中でもKaunas, Panevezys および Siauliaiの3郡で報告される。2003年には、これらの地区での発生率は変化がなかったが、その他多くの郡での発生率がかなり高かった。全44地域中8地域が、平均の発生率よりも2〜5倍高い発生率を報告した。発生率が最も高かったのはPanevezys郡で、人口10万対100名であった。

●ヨーロッパにおけるダニ媒介性脳炎:国別の基本情報。
情報源:Eurosurveillance Weekly, Vol. 8 / Issue 29、2004年7月15日
 Eurosurveillance Weeklyの2004年7月24日版では、チェコ共和国、リトアニア、ラトビアにおけるダニ媒介性脳炎(TBE)の概略を掲載した。今週[2004年7月18日までの週] Eurosurveillanceでは、TBE感染の可能性のあるヨーロッパ内の他の諸国の概略情報を掲載する。各国の国立研究所のウェブサイトではさらに詳しいデータを記載しており、ヨーロッパにおけるTBEのさらに詳しい情報はTBE国際科学ワーキンググループInternational Scientific Working Group on Tick-Borne-Encephalitis (ISW-TBE) ウェブサイトhttp://www.tbe-info.comで参照可能である。以下の表は最近の各国における報告患者数と発生率が示されている。データは各国当局と前記の文献1-3による。

  国 最新の年 報告患者数 発生率(*)
 オーストリア 2003 87 1.09
 チェコ 2003 - 5.9
 デンマーク - - -
 フィンランド 2001 >40 -
 ドイツ 2003 276 -
 ハンガリー   2001-2003 63 (平均) -
 ラトビア 2003 - 15.7
 リトアニア 2003 763 22
 ノルウェー 2003 1 -
 ポーランド 2003 339 0.89
 スロバキア 2003 74 1.38
 スロベニア 2003 272 13.6
 スウェーデン 2003 107 -

(*)人口10万人対発生率

◎オーストリア:
 髄膜炎はオーストリアでは届出感染症である。オーストリアでは2003年に87名のダニ脳炎(以下TBEと略す)患者が報告された。発生率は人口10万人当たり1.09であった。2001年には54名、2002年には60名の報告があった。[訳注:原文では"2002年に51名、2002年に60名"と2002年が反復しており矛盾している。http://www.tbe-info.comのデータを元に修正した。]
 TBEが最も流行している地域は、南部のSteiermark (Styria) とKarnten (Carinthia)である。患者は全員がワクチンを受けなかったか、推奨されたスケジュールでの接種をうけていない人であった。過去5年間で、全国のワクチン接種率は、79%から87%に上昇した。乳幼児と65歳以上の高齢者の接種率は70%以下である。この高齢者の接種率の改善がオーストラリアでのTBE予防の大きな課題である。
 ワクチン代は無料ではないが、健康保険会社は費用の一部を負担する(地域によって異なる)

◎デンマーク:
 デンマークではTBEは届出感染症ではない。TBE感染リスクがある地区は、Bornholm島のみである。
 Bornholmの住民や別荘所有者は、指定された道を外れて林や藪へ行くなどの活動を行う場合、ワクチン接種が推奨される。旅行者や学校の集会などの場合には、林の特定の場所で行われる活動に参加するのでなければ、予防接種は必要ではないと考えられる。

◎フィンランド
 TBEはフィンランドでは報告義務がある。1990年代には年に10〜20名だった患者数が、2001年(人口520万人) には40名以上に増加している。感染確認患者の発生率は、フィンランドとスウェーデンの国境に位置するAland島で最も高値を示した。(年人口10万人あたり100名以上)。抗体価の分析によると、Aland島の住人は一生の間におよそ5人に1人の割合で感染している。小児や青年のTBE感染はまれである。Aland島の住人以外に、毎年約10名のスウェーデン人がAland島訪問後にTBEに感染している。TBEの汚染地はその他にもあり、たとえばTurku archipelago, フィンランド南東部のKokkola周辺の一部地区やヘルシンキの近くのIsosaariなどである。
 国立公衆衛生研究所(KTL)は、既存の流行地域の在住者および長期滞在者で7歳以上の者については、TBEワクチン接種を推奨する。
 TBEワクチンは、しかしながら、フィンランドの定期予防接種に含まれていない。KTLのTBEワクチン小委員会は最近、AlandでのTBEの疾患負荷の費用対効果やワクチンを無料で接種するかを含む他のワクチン戦略の重要性の分析を終了した。

◎ドイツ:
 TBEはドイツでは報告義務がある。2003年には、276名のTBE患者が報告された。(2002: 239名, 2001: 256名) これらの患者は主にドイツ南部のBaden-Wurttemberg 州(42%)と Bavaria州(38%) で発生した。
 ドイツ国内の郡は、TBEのリスクに応じて3段階に分類される。1984年から2003年の間に、5年間に25名以上のTBE患者が発生した場合「ハイリスク地域」に、1年間に2名以上の患者が発生するか、5年間に5名以上の患者が発生した場合、「リスク地域」に分類される。各地ではワクチン接種を受けていない森林労働者での検討でTBE血清抗体陽性率の上昇に基づき、TBE汚染が宣言される。2003年には、新しく3箇所の地域が「リスク地域」に指定された。ドイツ国内の440郡のうち74郡が現在TBEのリスク地域に、9郡がハイリスク地域に分類されている。それらはBaden-Wurttemberg 州(30), Bavaria州 (45), Hesse州 (4), Thuringia州 (3), Rhineland-Palatinate州内にある。さらにBaden-Wurttemberg州の5郡が抗体陽性率に基づき、TBE汚染地域に分類されている。(地図参照:http://www.rki.de/INFEKT/EPIBULL/2004/FSME21_04.PDF)
 ワクチン接種常任委員会(STIKO)は、TBEのリスク地域およびハイリスク地域でダニに暴露される危険のある人に対してTBEワクチンを推奨している。

◎ハンガリー:
 TBEは1977年以来報告が義務付けられており、データは"Bela Johan"国立疫学センター(旧国立公衆衛生研究所)で集められている。1958年以来、同研究所ウイルス部では、無菌性髄膜炎と脳炎の患者検体で一律にTBE検査が行われている。同部はハンガリーで唯一のTBE診断機関である。1977年から1996年の平均発生率は人口10万人当たり2.5名(範囲1.3〜3.8)であり、1981年から1990年の間に最も高い発生率が認められた。1997年から2000年の間に、登録/診断されたTBE患者の有意な減少がみられ、発生率は2000年には人口10万人当たり0.5人であった。2001年以後、発生率は再度緩やかに上昇している。ここ3年間に報告された年間患者数の平均は63名である。
 ハイリスク地域はZala, Somogy, Vas (ハンガリー西部) , Nograd (ハンガリー北部)であり、既知の流行地域(Transdanubia州中央部と西部、中央山脈北部)内に位置する。
 1977年にハイリスクグループ(林業および農業従事者など)に対するワクチン接種が導入された。州が組織し管理する予防接種キャンペーンにより接種が行われている。1991年以来、TBEワクチンはだれでも接種可能であり、薬局で購入可能である。そして雇用者は被用者に確実に予防接種を行わなければならない。現時点では予防接種率の詳細なデータはないが、概算で人口の5%が接種しており、そのほとんどがハイリスク地域の住民である。

◎ノルウェー:
 ノルウェーではTBEを含む脳炎患者は全例報告が義務づけられている。2003年には、1例のTBE患者が報告された。ノルウェー国内で感染した患者は過去に8例のみが報告された。最初の例は1998年に確認された。全例が南部沿岸部の限られた地区内で感染しており、4例はTromoy市で診断された。Tromoyの保健センターに来所した一般患者での研究では、TBEV抗体陽性率は2.4%であった。この地域はおそらくノルウェーでのTBEの小規模な感染中心であると考えられる。さらに、1994年以来TBE輸入例が2例報告されている。この2例は、スウェーデンとオーストリアの汚染地域で感染した。
 ノルウェーでの発生率が低いため、ワクチンは現在国内での感染予防対策としては推奨されていない。海外の森林部の汚染地域で野外活動を計画している旅行者にのみ推奨される。

◎ポーランド
 ポーランドではTBEは報告義務があり、TBEは30年以上風土病として土着している。1993年以来、国内で報告された年間の患者数は、100名から350名であった。2002年には、報告された患者数は126名(発生率は人口10万人当たり0.33)で、2003年には339名(人口10万人当たり0.89)であった。患者の80%は、リトアニアとベラルーシに隣接するポーランド北東部の2州で発生した。2番目の汚染地は、チェコ共和国に隣接するポーランドの南西部であった。
 汚染地域に在住のハイリスクグループと、汚染地に渡航する旅行者は、3回接種法のワクチン接種が推奨される。特定のリスクグループ(林業、兵士、木工業の被用者)では、事業者負担の定期接種キャンペーンが行われている。

◎スロバキア
 スロバキアではTBEは報告が義務づけられている疾患である。国内の報告患者数は過去10年間で、年間54から101名である。2002年には報告された患者数は62名(発生率:人口10万人当たり1.15) で、2003年は報告患者数は74名(同人口10万人当たり1.38)であった。一部の報告された患者は、生のヤギと羊のミルク(自家製)の飲用による感染であった。
 1964〜1997年のダニおよび脊椎動物宿主(ヒトを含む)のTBEウイルス長期モニタリング調査により、37ヶ所の汚染地が明らかになった。図1参照(略)
 汚染地に在住または勤務しているハイリスクグループおよび汚染地をおとづれる旅行者には、3回接種法のワクチン接種を推奨する。TBE汚染地での就労者のワクチン費用は健康保険から支払われる。

◎スロベニア
 TBEとライム病はスロベニアの北部に常在しており、報告が義務づけられている。2003年には272名のTBE患者が報告され、発生率は人口10万人あたり13.6であった。2002年(262名)、2001年(260名)にも同様の患者数が報告された。
 早期診断、抗生剤による治療、啓発キャンペーンに向けての努力がなされている。国立公衆衛生研究所が管理するワクチンキャンペーンが、毎年晩秋から春にかけて全国で実施されている。TBEワクチンは、汚染地で野外活動をする短期滞在者を含むすべての人に対し、保健省が接種を推奨しており、開業医(GP)や感染症専門医により接種が受けられる。
 また、軍隊や、農学部学生などを含む職業的に暴露される者は、接種接種が義務付けられている。予防接種費用は、学生のみ健康保険で負担される。これらの職業上暴露者および学生の接種率は非常に高い(98%)。一般人の接種率は、残念ながら10%以下である。

◎スウェーデン
 スウェーデンでは、TBE感染は、感染症サーベイランスでは任意の検査室からの報告疾患に含まれる。国内でのTBE流行状況をより詳しく把握するために、各検査施設から質問票が医師に送付される。そのさい医師は、推定される感染場所と、ダニ刺咬についての情報提供を求められる。1980年代から1990年代前半にかけて、毎年50名から70名のTBE患者が報告された。患者の大多数は、病院での治療を通じて診断された。1990年代末までに、約100名の患者が毎年報告されたが、その約20%はプライマリヘルスケア(PHC)により治療された。この時期に、TBEに関する一般の関心が高まった。このため、患者が実際に増加したのか、臨床的に認識が高まったことによる診断の増加か、検査件数が増加したことによるものかは不明である。PHC によりより多くの患者が発見されたことを除いても、ここ数年、以前は偶発的な患者のみが報告されていた地域で、複数の患者が見つかっている。
 2003年には、107名(男75名, 女32名)のTBE患者が報告された。ほとんどの感染者は、 Stockholm郡 (56%), Sodermanland郡、 (15%) Uppsala郡 (6%)から報告された。Vastra Gotaland郡 (Vanern湖の南部)では、 5 から 10 名が毎年報告されている。散発的な患者が毎年残りの地域から報告されている。予防接種は、流行地域の住民と、夏季に流行地域に滞在するハイリスクグループに対し推奨される。